夕方/メカとゲームと

  夕暮れ時のFEG。
  茜色に染まった光が差す工房の一室で、三人の男女――正確には男二人に女一人だ――がメカとゲームで盛り上がっていた。
  正確には新規設計されたI=Dのデータが更新されたばかりのI=Dシミュレーターの話だった。

「で、那限さん。どうだったんですか?」
「……『スヴァローグ』使って、『カーバンクル』に負けました……」
「えー!?」

 二人の男の片割れ――ヴァンダナの声が格納庫内に木霊する。
  ヴァンダナの隣にいる十字と呼ばれる女性がさも嬉しそうに戦績を告げる。
 
「三戦二敗だったねー」
「……ごめん。その一勝でもオレは一機も墜としてない……」
「えー。なんでまたそんな事に?」

 どちらの機体も先日ヴァンダナが自主開催したメカ祭りで設計したI=D。
  完全新型I=Dである『スヴァローグ』と既存機ベースのI=Dである『カーバンクル』の設計上のスペックとコンセプトで考えれば、『カーバンクル』の攻撃は『スヴァローグ』には当たらないし、仮に当たってもそう簡単に致命傷にならないはずだと首を傾げる。
  ちなみに『カーバンクル』と『スヴァローグ』の設計コンセプトをリクエストしたのはヴァンダナの目の前にいる二人で、十字が嬉しそうなのは自分がリクエストした『カーバンクル』が見事勝利を収めたからだ。

「……『スヴァローグ』、やっぱりピーキーなのよね……。
  ロックオンしても機動が速過ぎて攻撃外れるし、そんなこんなしているうちにレールガンのゼロ距離射撃喰らいまして……」
「那限さん、見事に味方機も振り切ってましたしね」
「あー。なるほどー。機動性能に差がありすぎたんですね」
「あと、ネット向こうの相手、あれは多分プロ……」

 FEGのシミュレーターの特徴の一つとして、国内のシミュレーターが専用のネットワークで接続されていることが上げられる。

 世界最速記録がFEGの機体によって達成されて以降、FEGで巻き起こった航空機ブームの影響で、FEG内の各地にフライトシミュレーター兼アーケードゲームとしての機能も持ったI=Dシミュレーターが設置された。
  無論、本格的な戦闘シミュレーターではなくもっと簡易的なものではあったが、多人数の参加が可能なシミュレーション空間で、見知らぬ相手と連携し、また操縦技術を競い合うのが、このシミュレーターでのルールであり流行となっている。
  この専用ネットワークは、設置施設のLANやナショナルネットに接続されていない。これはメンテナンスにかかる手間を度外視してもセキュリティ面での信頼性を確保するためである。
  シミュレーションとはいえ訓練施設であるため、ネットワーク上の利用には、ある程度までの個人情報を登録したICカードを発行する必要がある。この登録に使用した個人情報はその人間の実在を確認・照合するためにのみ使われ、それ以外の目的に利用されることはない。
  なお、ネットワーク上とはいえ、本名を直接表示することで発生する個人情報の漏洩に配慮して、シミュレーション中はハンドルネームを名乗ることになる。シミュレーションの中では相手の実力を示すフライトレコードを見る事は出来るが、それが誰であるかを確認出来るのはシミュレーターを管理しているFEG政府のみである。だからシミュレーションの上では、腕の立つ設定国民と競い合う事もあるし、小カトー・多岐川が(そうとはわからない形ではあるが)参加している事だってあるのだ。
  メカと違って経験を積む事で成長できるパイロットであるからこそ、ある程度のレベルを超えると機体の性能差よりもパイロットの腕で勝敗が決まる。そして、パイロットの腕が拮抗していた時に最も頼りになるのは、信頼できる仲間との連携である。
  高性能の単機よりは低性能の複数機の方が結果を残す事がある。今回の結果はそれを示したものだったのだろう。

「シミュレーターでも、動かしてみると参考になりますね」
「まぁ、I=Dの性能差が戦力の決定的な差ではない事だな」
「そうですよ。例え性能で劣っていても、皆で戦うのがアイドレスですよ」

 十字の言葉にヴァンダナは我が子であるI=Dたちを想い満足そうに頷き、部屋の一角に視線を送る。
  視線の先には『カーバンクル』のベースとなった『エクストリーム・アメリカン』――通称『EXアメショー』が並んだ写真があった。
  『エクストリーム・アメリカン』は共和国の傑作I=D『アメショー』の改修機であり、ヴァンダナがFEGで設計した機体の中でも初期の頃の機体であった。
  そういう意味では『カーバンクル』は『アメショー改・改』であるとも言えた。

「やっぱり思い入れあるかい?」
「もちろんですよ。メカ師としてあれを作ったのも懐かしい話です」

 その問いに、ヴァンダナは昔を思い出しながら答える。
  ヴァンダナが『エクストリーム・アメリカン』を手がけたのは『流星号』に続いて二機種目。
  今となっては、あれを作った事がメカ師という夢の入り口だったのかもしれないと思えた。

「だよなぁ……。オレも機体作ったことあるけど、いまだにこだわってるところあるし」
「そういえば、那限さんもアメショーの改造機作ってましたね。……コトラ、でしたっけ?」
「と、闇星号な。流星号のセンサー特化型」
「ああっ、闇星号! 超センサー性能で話題になった覚えがあります。当時電子戦特化に憧れた記憶が……」
「結果として一度しか使われなかったのが惜しくて、いつかもう一度日の目を見せたいとは思っているんだけどね……」
「やはり思い入れの強いメカは日の目をあびせたくなりますね」
「そうだよなぁ……」

 とはいえ、現在のニューワールドでは新しく設計・開発した機体がTLOになりやすくなっていることは、ヴァンダナにとっても大きな悩みの種だった。
  もしかしたら、自分が設計した機体がTLOだったらどうしよう。
  そう思うからこそ、設計した機体が開発せずにI=Dシミュレーター上での稼動に留めてもいた。

 ……だが、ヴァンダナが機体の設計を止める事はない。
  なぜなら、それがヴァンダナの幸せだから。
  なぜなら、それがヴァンダナの夢だから。
  そして、それがヴァンダナ自身が選んだ道だから。
  自分の作った機体がもう一度日の目を見れる事を信じて、ヴァンダナは今日も歩き続けるのだ。

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